Nさん

十王堂松泉の長方鉢を手放した。

以前お付き合いのあった盆栽鉢収集家Nさんから「この鉢は持っておきなさい」と言われ、私は全く欲しくなかったのだが、それまでのご厚意や恩があり、さらに強い勧めもあって渋々購入を決めた鉢である。

希少価値があるわけでもなく、時代が乗っているわけでもない。ずば抜けて出来が良いわけでもない、正直言って普通の和鉢としか思っていなかった。絶対に欲しいと決め手になるような点も見当たらず、ただ真柏の名木「道芝」が植えられていた鉢と同じ型ということくらいだった。

Nさんは「道芝」を特に強調しており、1980年代の雑誌にて「道芝」がとんでもない価格で掲載されていたことを引き合いに出し、「その鉢だから持っておいて損はない」というのが理由だった。理由さえも至極曖昧で「これが付き合いで買うというやつなのか」と一つ勉強させていただいた。

Nさんもあちらの世界に旅立たれて数年が経つ。そろそろ手放しても罰は当たらんだろうと売りに出してみたところ、損しない程度の値で買い取られた。まさに損のしない程度である。べらぼうな価格で購入したわけではないが、その程度でしたとNさんにご報告。「あれはまだ2、30年持ってたら値が上がるもんだぜ。そもそもそんなつもりで買ってもらったわけじゃないんだよ」などと、きっと言い返してくるだろうと想像できる。

決して悪い人ではなかった。いい人だったと思うし、若者を応援する気持ちを強く持った人だった。おせっかいで馬鹿正直で口は悪いが憎めない人柄。記憶に残る楽しい会話を持てた愛好家さんでした。Nさん感謝していますよ。これからも精進します。