現代の盆栽の作り方に作り込まれた
美しさとがある一方、人工的雰囲気
が強すぎるという意見も多くです。
それを感じることもあるのですが、
人工臭さは月日こそが消しさる術
でもあり、そこに人と自然の共作が
見て取れるのだとも思うのです。
人工でなく 傷として残ったシャリや
雑木の焼けて腐敗した部分があります。
今日仕事をしたルリビョウタンにも
空洞化した大きな傷がありました。
通常 雑木の焼けや空洞化した傷は
見せない様にするのですが
正面に持ってくるしか選択肢がなく
枝の配置によってカバーしました。
樹の歴史に合わせる作業は人工に
偏ってしまった感覚から軌道修正させて
くれる大切な仕事。
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